DOCUMENT OF KYOSUKE HIMURO "POSTSCRIPT"

 元BOФWYのヴォーカルでもある氷室京介さんのLINEのアカウントは大分前からフォローしていた。


 だからLAST GIGSのことも前もって知っていた。


 でもファンクラブにも入っていないし、チケットなんて絶対取れないだろうと思っていたのと・・・


 兄の影響や、私が好きな故DAVID BOWIEさんとの親交もあることから布袋寅泰さんの活動を注視してたので、LAST GIGSなんてBOФWY解散LIVEと同名タイトルツアーで、BOФWY時代の曲も演ると知った布袋さんが「1曲だけでも隣で・・」と望んでるにも拘らず出さないというのが信じられない思いでいた。


 そういえば、東日本大震災のチャリティーLIVEで全曲BOФWYをやるのにメンバーが望んでも限定再結成をしなかった件も、心に引っかかっていた。


 言葉を飾らずに言えば、私は家でパートナー相手に氷室さんを相当こき下ろしていた。


 布袋さんの・・果ては憧れのDAVID BOWIEまで及ぶあらゆるアーティストとの共演を考えると、氷室さんの頑なさは理解できなかったからだった。


 でもBOФWY世代のパートナーが静かに・・・


 「だからこそ、じゃないかな。俺にも何となく解るよ」


 ・・・と言ったことから、氷室さん側から改めて考えてみると、氷室さんにとっては、BOФWYの解散や布袋寅泰という人のその後の活躍というのは・・・とてつもなく大きな十字架を背負い続けるようなことだったのかもしれない、と初めて思った。

 

 そして・・・

「この映画を観たい!」

 ・・・と強く思い、どうせならヒムロックの出身地である群馬県で見よう!ということになった。


↑残念ながらヒムロックの故郷の高崎ではなく、伊勢崎での上映でしたw



 結論から言うと、全ての疑問に対する彼の明瞭な答えがこの映画で語られていた。


 氷室京介という人は、率直にBOФWY時代と比較はされ続けるしあれを越えられる事はない、と認めつつ、けれども「起き上がらなければ無様なまま、でも立ち上がれば生き様になる」と自分に言い聞かせ、常に前を見つめて真摯に音楽に取り組んで生きていた男だった。


 そして「耳がどうしてもダメになったら、ごまかしながら続けないでスパッとやめたいってかみさんとも話してる」と微笑む愛妻家の一面が垣間見える姿もとてもチャーミングだった。


 LAST GIGSに行けなかったのは・・・残念だったな・・・と映画を観終わった時に寂しく思った。


 ↑特別上演なのでパンフレットもなく、映画館で買ったチケットだけが残る。


 


↑ソロデビュー曲「この曲から全てが始まった」


そして氷室京介さん最後のLIVEの本当のラストに歌われたのもこの曲でした。。。



Ichigo*

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